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母性と父性と明日への希望と

ここ最近、週末は新旧の映画を観まくっている(本も読みまくりさ)。このハイペースは久々のことだ。まぁ、花粉の季節という事情もある。
とりあえず、クリント・イーストウッド監督の2008年度の作品二本(日本公開は2009)、簡単に感想を述べておこう。今更だけどね(笑)

『チェンジリング』(Changeling)。主演アンジェリーナ・ジョリー。共演ジョン・マルコヴィッチ。

チェンジリング

1928年ロサンゼルス郊外。電話会社に勤務するシングルマザーのクリスティン・コリンズ(ジョリー)は、9歳の息子ウォルターと幸せに暮らしていたが、ある日留守番をしていたはずのウォルターが行方不明になってしまう。
クリスティンは警察に捜査を依頼するが手掛かりは得られず、ようやく5ヵ月後に保護されたとの知らせが入る。歓喜に咽ぶクリスティン。が、彼女の前に現れたのは「全く別の」少年だった!
警察に猛抗議しても相手にされないばかりか、逆に彼女の方が「無責任な母親」「精神異常」と決め付けられ、強制的に精神病院に放り込まれてしまう。
牧師(マルコヴィッチ)たちの支援を受け、腐敗したロス警察とクリスティンの長い戦いが始まった。そして事件は思わぬ方向に...


実際に発生した凶悪犯罪、『ゴードン・ノースコット事件』をベースに、その被害者の母親の身に起こった信じ難い理不尽な災難を描いたサスペンスである。まともに行けば救いを見出せない悲惨な話になるところを、人気実力兼ね備えた「強い女」アンジェリーナ・ジョリーを主演に起用することで仄かな希望(ラストに彼女の口から発せられる)を繋ぐことに成功している。私生活から強力な母性を発揮している(実子養子含め六人の子供がいる)ジョリーさんは、こうした強く美しい母親役にはうってつけの女優だ。熱演である。

が、素晴らしい出来の映画であるだけに、一点だけ、「別の可能性」があったことを指摘しておきたい。

史実の『ゴードン・ノースコット事件』では、主犯のゴードンの母親が重要な役割を果たしたらしいのだが、この作品ではそのあたりは完全にカットされている。誘拐された息子を必死に探す母性もあれば、息子の狂気に加担する愚かな母性もまた一つの姿である。この「両者」を対峙させていれば、また違った「母なる世界」が見えてきた気もするのだね。

まぁ、あまり複雑な筋にしても焦点がぼやけてしまったろうし、仮に史実通りに人物を配置しても、かえって物語のフィクション性を目立たせる危険性もある。この作品はあくまで実話をベースにしたフィクションであり、シンプルに徹することでより「真実味」を増していると見た。



『グラン・トリノ』(Gran Torino) 主演・監督クリント・イーストウッド

グラントリノ

フォード社の元自動車工、ウォルト・コワルスキー(イーストウッド)は、日本車の台頭とともに東洋人が増えた町で鬱屈した隠居暮らしを続けている。その頑なな気性ゆえに息子や嫁、孫たちにも嫌われ、老犬と亡き妻の思い出の中で生きている老人。ウォルトを苦しめているのは若き日に従軍した朝鮮戦争の悲惨な記憶であり(実際にイーストウッドは朝鮮戦争時陸軍に召集されている)、更に病魔までもが彼の体を蝕もうとしていた。
そんなウォルトの家に、アジア系ギャングに脅された隣家モン族(ベトナム戦争時に米軍に協力したため本国ラオスを追われた少数民族)の少年タオが、老人が手掛けた往年の名車グラン・トリノを盗もうと忍び込む...

ちなみにグラン・トリノ(1972~76年に生産されたフォード・トリノの上級グレード)とはこんな車だ。

グラントリノ車

う~ん、イカすぜ♪

『チェンジリング』が母性の物語とするなら、こちらは見事なまでに父性の物語である。どこまで意識的な企画だったのかは知らないが、あるいは硫黄島二部作(父親たちの星条旗、硫黄島からの手紙)にも接続する流れはあったのかもしれない。

アメリカにおけるトヨタのスキャンダルが連日伝えられている今、このタイミングでこの作品を観ることが出来たのはある意味「幸運」だった気もした。古典的なアメリカ人にとってのクルマ、とりまく文化風俗、誇りがどれほどの重みを持つものなのか、それを損ねる日本その他外国自動車産業に対する複雑な心情が、人種・文化的偏見とともに手際よく描かれている(特典映像ではスタッフが車に対する愛情を熱く語っていて微笑ましい)

無論、それだけで終わるようなイーストウッド監督ではない。彼の演じる老雄ウォルトは「平等に」白人も黒人も懲らしめるし(笑)、内向的なタオにアメリカで生き抜くための「男の流儀」を伝授してくれる。ラストは...まるで西部劇やアクション映画で一世を風靡した自身の俳優人生に引導を渡すかのように壮絶に散り、純真なタオに未来を託す。作中で自らを滅していく様は、時折り比較される北野武監督の幾つかの作品にも通ずる感性と言えよう(ソナチネ、HANA-BI、BROTHER等)

社会的に最先端の問題意識と、乾いたユーモアをまぶした娯楽性を両立させたこのような作品を撮れる監督が今どれだけいるだろうか。俳優としてもクリント・イーストウッドの力は底が知れない。80歳とは思えぬほど背筋もぴしっと伸びており(笑)、引退なんてまだまだ先にしてほしい。

が、あえてこの傑作にもツッコミを入れておくとするなら..

ほとんど人種差別的だったウォルトの心境の変化を十分に納得するには、彼を長年苦しめた朝鮮戦争に対する観客の理解度が一定レベル必要かもしれない。アジア人への敵意と罪の意識が混在するのは、必ずしもウォルト個人特有の現象ではないだろうし、そもそも事の発端は、同族のギャングに対するタオの対応のまずさにあるのだ(笑)。ウォルトとタオ、それぞれの「個」が持つコミュニケーション能力の不足を、もう少し掘り下げて欲しかった気もするのだね。

と、細かいところで文句をつけてみたが、タオの姉スーや若い神父との心の触れ合いなどは見事な出来栄えであり、時代遅れの不器用な男の生き様を、おそらくは「意図的に不器用に描いた」コンパクトな傑作と言って全く差し支えない。

ちなみに、僕にとってのイーストウッド監督の最高作は、1992年の『許されざる者』であり、次が2003年の『ミスティック・リバー』あたりという評価になる。この二本が極めて高い位置にあるため、2008年度の二作はやや小粒に見えてしまうのだろうが、そんじょそこらに転がっている凡作とは比較にならないレベルの作品である。


『チェンジリング』『グラン・トリノ』...
これからという方には、『硫黄島』二部作同様、出来れば二本続けて鑑賞することを強くお薦めする。



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