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[C98] ご心配頂きありがとうございます

お陰様でようやく風邪菌は抜けたようです。前日まで何ともなく絶好調だったので、とんだ不意打ちでしたね(笑)

「アルスラーン戦記」は異世界色も地域色もそれほど濃くはない、まぁ、比較的某大河に近い感触の和製群像ファンタジーだと思います。決定的な違いは分量でしょうか(笑)。
某オーベルシュタイン元帥に匹敵するほど賢く陰険なヒールは残念ながらいませんが(笑)、強いて言えばアルスラーンの軍師ナルサスがキャラ的には近いでしょうか。アニメでの声も故塩沢兼人さんと共通していますしね。
  • 2008-10-18
  • さんぴえーる
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  • 編集

[C102] お伽噺

こんにちは、改めてこちらにも伺いました。
しかし、何度振り返っても本当に悲しいですね。エステル……
ちなみに同時進行でグイン新刊を読んだせいか、アルスラーンに結婚について率直に質してみたというナルサスや若い女官を雇えといったギーヴが、グインに「遊べ」と勧めたアキレウスとハゾスに被ってしまいました。ごめんなさいナルサス、ギーヴ、あなたたちはそこまで言っていない(笑)

>ロマンティストな話
確かにルシタニアの騎士がパルスの王妃になっては、あまりにも非現実的ですが、「些細な傷で死ぬ」苛酷さを体現したような運命ではあんまりでした。
いっそ、ある程度は非現実的でもよかったと思います。アルスラーン戦記は、政治や戦争を描く歴史ファンタジーではありますが、ダリューン、ナルサス、ファランギースのような胸がすくくらい絶対的に強いキャラクターたちが体現しているように、明るいお伽噺という性格が強いと思っていましたので。たとえば第一部、父王に単身追放されたアルスラーンに、最初の仲間たちがやはりパルス軍を出奔してつき従った場面など……彼らだけで十分にパルスを奪還できるだろうという、神話めいた高揚感がありました。
今回散ったザラーヴァントをはじめ、十六翼将でも、神話的ではないキャラクターが増えたために、現実の物語としてのシビアさが強まったのかもしれません。あれ、神から人間へ……って、グインの展開に似てますね(笑)
第一部では、頑迷なイアルダボート教に閉ざされていたエステルに対し、アルスラーンが手を差し伸べて眼を開かせていましたから……第二部では、エステルがアルスラーンに何かを気づかせる役回りかと思っていました(涙)たとえ蛇王戦に巻き込まれて落命するとしても、「特定の誰かを愛する」ということに立ち竦まない、悔いを持たない、というようなメッセージを身をもって伝えるとか……ロマンティストな話ですね(笑)

ちなみに戦争とリアリティつながりで脱線いたしますが、以前のチャットで新海誠さんの作品について、エドゥさんとさんぴえーるさんがリアリティの欠落を指摘されていたと思うのですが、私は「ほしのこえ」を読んで、戦争だけでなくもうひとつの主題である恋愛も、透明で非現実的な、ガラスのような「お伽噺」だからこそ、あれはあれで完成しているという印象を抱きました「秒速5センチメートル」とか「雲の向こう約束の場所」など、ほかの作品は、キャラクターのひたむきな子供としての面が目につきすぎて、間延びしている気もするのですが、「ほしのこえ」は怜悧な透き通った非現実性が一貫していて好きでした。

この数日はとても暖かいですが、どうぞご無理をなさいませんように、早く本調子になられることをお祈りしています。ではでは。
  • 2008-10-20
  • 真那
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  • 編集

[C103] 真那さんへ

感情的でとりとめのないレビューに丁寧なレスをつけて頂きありがとうございます。真那さんと「エステル・ショック」を分かち合えて本当に良かった..(涙)

僕の場合、第二部は文庫時代で読むのを中断し、今年に入ってからまた読み直したせいもあるのか、「それはないだろう!」という気持ちが強くなったようです。

>ごめんなさいナルサス、ギーヴ、あなたたちはそこまで言っていない(笑)

石頭のハゾスと比べられたら自称「宮廷画家」も不本意でしょうが(笑)、ギーブのような家臣が一人でもケイロニアにいたら、多少は情勢は変わっていたかもしれませんね。まぁ、どのみち直ぐに出奔しそうですが...(^^;

>いっそ、ある程度は非現実的でもよかったと思います。アルスラーン戦記は、政治や戦争を描く歴史ファンタジーではありますが、ダリューン、ナルサス、ファランギースのような胸がすくくらい絶対的に強いキャラクターたちが体現しているように、明るいお伽噺という性格が強いと思っていましたので。

そうですね。浮き沈みの激しい波乱万丈な某大河シリーズとは異なり(笑)、アルスラーンはある程度「お約束」の物語であると僕も勝手に思い込んでいたので、エステルの死は「不意打ち」に近いものがありましたよ。が、逆に言えば、作者はそうした神話的、パラダイス世界からの「決別」を、エステルを殺すことによって宣言したとも言えますね。

>たとえば第一部、父王に単身追放されたアルスラーンに、最初の仲間たちがやはりパルス軍を出奔してつき従った場面など……彼らだけで十分にパルスを奪還できるだろうという、神話めいた高揚感がありました。

明らかにアルスラーンと彼の臣下たちは、他の者どもとは「違っていた」んですよね。第一部は「見晴らしの良い」英雄譚、群像劇でした。第二部はずっと地味な展開が続き、あげくに唐突なヒロインの死ですからねぇ...

>今回散ったザラーヴァントをはじめ、十六翼将でも、神話的ではないキャラクターが増えたために、現実の物語としてのシビアさが強まったのかもしれません。

なるほど。最初の側近たちと異なり、アルスラーンとの距離感の問題もありますしね。

>あれ、神から人間へ……って、グインの展開に似てますね(笑)

長期シリーズが辿る避け難い宿命でしょうか(笑)

>第一部では、頑迷なイアルダボート教に閉ざされていたエステルに対し、アルスラーンが手を差し伸べて眼を開かせていましたから……第二部では、エステルがアルスラーンに何かを気づかせる役回りかと思っていました(涙)

そうですよね!
たとえ本格的な恋仲にならずとも、外の世界を見て再び戻ってきた異教徒のエステルが、今度はアルスラーンに「何か」を伝えないと彼女の存在した意味が無くなるというものです。

>たとえ蛇王戦に巻き込まれて落命するとしても、「特定の誰かを愛する」ということに立ち竦まない、悔いを持たない、というようなメッセージを身をもって伝えるとか

そうした意味、メッセージを作者が排除してしまった理由は...

これは単に深読みのし過ぎかもしれませんが...

今世紀に入ってからの世界情勢の変化、特に中東地域を巡る厳しい状況が、中世ペルシャをモデルにしたアルスラーン戦記にも暗い影を落としたのではないかと、僕などは思ってしまうのです。ルシタニアは十字軍でしょうし、まぁ、これは現代世界で言えば欧米キリスト教国家、とりわけ米英連合軍ですよね。その横暴に対する怒りが作者さまの中で大きくなり(笑)、アルスラーン世界が持っていた神話性、お伽話的要素をもはや許さなくなったのではないか(長いブランクの末『魔軍襲来』が書かれたのは2005年でした)。ルシタニアの理想主義者エステルは、その理想主義ゆえに「罰される」結果となったのではないか...

どうもそんな気がしてならないのです...


>私は「ほしのこえ」を読んで、戦争だけでなくもうひとつの主題である恋愛も、透明で非現実的な、ガラスのような「お伽噺」だからこそ、あれはあれで完成しているという印象を抱きました

僕も新海さんの作品は基本的に好きです。ロマンティストなので(笑)。まぁ、全般にキャラの線が細いことも確かでしょうけれど、その「弱さ」そのものが現代的、リアルなのだという見方も可能ですしね。
アニメの世界では、90年代の半ばくらいから顕著になった一つの流れとして、CGを駆使した世界構築が表層上極めてリアルな質感を伴うのに対し、キャラクター造型がデザイン面も含め良くも悪くも「浮世離れ」していく、という方向があったと思うのですよ。下で紹介した『スカイ・クロラ』なんかもそうですよね。戦闘機や建築物は実物そのもののように立体的なのに対し、人物たちは意識的に「コミック風」に描かれています。新海さんの作品にも概ねそうした印象は受けるのですが、それを「狙ってやっている」限りは問題はないし、それこそを「リアルなもの」として受け入れられる若い世代が多いことも確かなのでしょう。いつぞや竜仁さんが紹介してくれたノベルゲームなどもそうですね。僕から見ると、残念ながらあのゲーム世界のキャラクターは「生きた人間」には見えないのですが(笑)、一方で『エヴァンゲリオン』の屈折した人物群などは、僕より上の世代の人たちには理解し難いかもしれません。「世代」で壁が生じてしまう作品よりも、真那さんのおっしゃるように、「お伽話」として閉じて完成する作品の方が、より広く理解を得られ、寿命は長くなるかもしれませんね。


あ、お陰様で風邪は完治いたしました。ご心配おかけしてすみません(^^ゞ
  • 2008-10-21
  • さんぴえーる
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いいたいことがいっぱいあった

新刊ゆえネタバレ注意.....

アルスラーン戦記13巻『蛇王再臨』 田中芳樹
蛇王

















「逢いたかっただけなんだ...」
「エステル....?」


なんだとぉおおおおおおお!!!

と、ちゃぶ台(今時それは珍しい)をひっくり返したくなったのは僕だけではありますまい。二十年引っ張ってきてこれかよ! 嗚呼、エステルちゃん...(涙)

レビューと言いつつ、もうあとの細かいことはどうでもいいや(笑)。ヒルメスもイルテリシュも勝手にやってろ、勝手に攻めてこいや、てなもんですよ。あ、でも孔雀姫はいいね。一番「王○の可能性」が高いのは彼女という気がします。まぁ、タハミーネのおばちゃんはいいかげんうざいですが(^。^;)

とにかく今回はエステルちゃんのあっけない最後に尽きますぜ。小説を読んでる最中にキレたのは久々だね。自分の読み間違えかと思って、一度本を閉じてからもっかい読み直したほどですよ(爆)

アルスラーン戦記をご存じない方はこちらなど参考にして下さい。あまり説明する気力も起こらないので...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%88%A6%E8%A8%98


いや、いくら僕がロマンティスト(本当かよ)だからといって、パルス王のアルスラーン坊ちゃんと仇敵ルシタニアの女騎士が恋仲になるとか、夫婦になるとは思っていませんでしたよ。昔の副読本か何かで、エステルの死が仄めかされていたような気もするし、元々幸薄そうな少女ではあったしね。でも、あの死に方は無いよなぁ。あっけないにもほどがある。だって彼女は、アルスラーンと対等に接してきた数少ないキャラですよ。男としては未成熟な少年王を成長させられる稀少な異性だったのに...あんな死に方をする意味が無いんだよね。

が、この先<意味>が生じるとしたら...

主人公アルスラーンの魂が少年のまま凍り付き、妻帯せずに終わるということか、あるいは、同じ作者の某銀英伝のカイザーのように、若くして崩御することを示唆しているのかもしれない。今巻では十六翼将の一人ザ○ー○ァ○ドが死んだし、次巻は次の犠牲者が...(汗)
確か、「十四翼将」というのが本来の設定らしいので、最低あと一人は死ぬわけだ。誰かな? まぁ、美人三姉妹すべてを妻とするトゥースあたりが危ないね、精力が減退していそうです(爆)

あと、せっかく再臨したらしい蛇王ザッハークさんなんですが、なんかルックスがヘン、肩から蛇二本というデザインはどうなのよ(笑)。ていうか、宝剣ルクナバードと同じ鉄で作られた鎖を鑢でギコギコ削るというのはどうなのよ!(爆)
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[C98] ご心配頂きありがとうございます

お陰様でようやく風邪菌は抜けたようです。前日まで何ともなく絶好調だったので、とんだ不意打ちでしたね(笑)

「アルスラーン戦記」は異世界色も地域色もそれほど濃くはない、まぁ、比較的某大河に近い感触の和製群像ファンタジーだと思います。決定的な違いは分量でしょうか(笑)。
某オーベルシュタイン元帥に匹敵するほど賢く陰険なヒールは残念ながらいませんが(笑)、強いて言えばアルスラーンの軍師ナルサスがキャラ的には近いでしょうか。アニメでの声も故塩沢兼人さんと共通していますしね。
  • 2008-10-18
  • さんぴえーる
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[C102] お伽噺

こんにちは、改めてこちらにも伺いました。
しかし、何度振り返っても本当に悲しいですね。エステル……
ちなみに同時進行でグイン新刊を読んだせいか、アルスラーンに結婚について率直に質してみたというナルサスや若い女官を雇えといったギーヴが、グインに「遊べ」と勧めたアキレウスとハゾスに被ってしまいました。ごめんなさいナルサス、ギーヴ、あなたたちはそこまで言っていない(笑)

>ロマンティストな話
確かにルシタニアの騎士がパルスの王妃になっては、あまりにも非現実的ですが、「些細な傷で死ぬ」苛酷さを体現したような運命ではあんまりでした。
いっそ、ある程度は非現実的でもよかったと思います。アルスラーン戦記は、政治や戦争を描く歴史ファンタジーではありますが、ダリューン、ナルサス、ファランギースのような胸がすくくらい絶対的に強いキャラクターたちが体現しているように、明るいお伽噺という性格が強いと思っていましたので。たとえば第一部、父王に単身追放されたアルスラーンに、最初の仲間たちがやはりパルス軍を出奔してつき従った場面など……彼らだけで十分にパルスを奪還できるだろうという、神話めいた高揚感がありました。
今回散ったザラーヴァントをはじめ、十六翼将でも、神話的ではないキャラクターが増えたために、現実の物語としてのシビアさが強まったのかもしれません。あれ、神から人間へ……って、グインの展開に似てますね(笑)
第一部では、頑迷なイアルダボート教に閉ざされていたエステルに対し、アルスラーンが手を差し伸べて眼を開かせていましたから……第二部では、エステルがアルスラーンに何かを気づかせる役回りかと思っていました(涙)たとえ蛇王戦に巻き込まれて落命するとしても、「特定の誰かを愛する」ということに立ち竦まない、悔いを持たない、というようなメッセージを身をもって伝えるとか……ロマンティストな話ですね(笑)

ちなみに戦争とリアリティつながりで脱線いたしますが、以前のチャットで新海誠さんの作品について、エドゥさんとさんぴえーるさんがリアリティの欠落を指摘されていたと思うのですが、私は「ほしのこえ」を読んで、戦争だけでなくもうひとつの主題である恋愛も、透明で非現実的な、ガラスのような「お伽噺」だからこそ、あれはあれで完成しているという印象を抱きました「秒速5センチメートル」とか「雲の向こう約束の場所」など、ほかの作品は、キャラクターのひたむきな子供としての面が目につきすぎて、間延びしている気もするのですが、「ほしのこえ」は怜悧な透き通った非現実性が一貫していて好きでした。

この数日はとても暖かいですが、どうぞご無理をなさいませんように、早く本調子になられることをお祈りしています。ではでは。
  • 2008-10-20
  • 真那
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感情的でとりとめのないレビューに丁寧なレスをつけて頂きありがとうございます。真那さんと「エステル・ショック」を分かち合えて本当に良かった..(涙)

僕の場合、第二部は文庫時代で読むのを中断し、今年に入ってからまた読み直したせいもあるのか、「それはないだろう!」という気持ちが強くなったようです。

>ごめんなさいナルサス、ギーヴ、あなたたちはそこまで言っていない(笑)

石頭のハゾスと比べられたら自称「宮廷画家」も不本意でしょうが(笑)、ギーブのような家臣が一人でもケイロニアにいたら、多少は情勢は変わっていたかもしれませんね。まぁ、どのみち直ぐに出奔しそうですが...(^^;

>いっそ、ある程度は非現実的でもよかったと思います。アルスラーン戦記は、政治や戦争を描く歴史ファンタジーではありますが、ダリューン、ナルサス、ファランギースのような胸がすくくらい絶対的に強いキャラクターたちが体現しているように、明るいお伽噺という性格が強いと思っていましたので。

そうですね。浮き沈みの激しい波乱万丈な某大河シリーズとは異なり(笑)、アルスラーンはある程度「お約束」の物語であると僕も勝手に思い込んでいたので、エステルの死は「不意打ち」に近いものがありましたよ。が、逆に言えば、作者はそうした神話的、パラダイス世界からの「決別」を、エステルを殺すことによって宣言したとも言えますね。

>たとえば第一部、父王に単身追放されたアルスラーンに、最初の仲間たちがやはりパルス軍を出奔してつき従った場面など……彼らだけで十分にパルスを奪還できるだろうという、神話めいた高揚感がありました。

明らかにアルスラーンと彼の臣下たちは、他の者どもとは「違っていた」んですよね。第一部は「見晴らしの良い」英雄譚、群像劇でした。第二部はずっと地味な展開が続き、あげくに唐突なヒロインの死ですからねぇ...

>今回散ったザラーヴァントをはじめ、十六翼将でも、神話的ではないキャラクターが増えたために、現実の物語としてのシビアさが強まったのかもしれません。

なるほど。最初の側近たちと異なり、アルスラーンとの距離感の問題もありますしね。

>あれ、神から人間へ……って、グインの展開に似てますね(笑)

長期シリーズが辿る避け難い宿命でしょうか(笑)

>第一部では、頑迷なイアルダボート教に閉ざされていたエステルに対し、アルスラーンが手を差し伸べて眼を開かせていましたから……第二部では、エステルがアルスラーンに何かを気づかせる役回りかと思っていました(涙)

そうですよね!
たとえ本格的な恋仲にならずとも、外の世界を見て再び戻ってきた異教徒のエステルが、今度はアルスラーンに「何か」を伝えないと彼女の存在した意味が無くなるというものです。

>たとえ蛇王戦に巻き込まれて落命するとしても、「特定の誰かを愛する」ということに立ち竦まない、悔いを持たない、というようなメッセージを身をもって伝えるとか

そうした意味、メッセージを作者が排除してしまった理由は...

これは単に深読みのし過ぎかもしれませんが...

今世紀に入ってからの世界情勢の変化、特に中東地域を巡る厳しい状況が、中世ペルシャをモデルにしたアルスラーン戦記にも暗い影を落としたのではないかと、僕などは思ってしまうのです。ルシタニアは十字軍でしょうし、まぁ、これは現代世界で言えば欧米キリスト教国家、とりわけ米英連合軍ですよね。その横暴に対する怒りが作者さまの中で大きくなり(笑)、アルスラーン世界が持っていた神話性、お伽話的要素をもはや許さなくなったのではないか(長いブランクの末『魔軍襲来』が書かれたのは2005年でした)。ルシタニアの理想主義者エステルは、その理想主義ゆえに「罰される」結果となったのではないか...

どうもそんな気がしてならないのです...


>私は「ほしのこえ」を読んで、戦争だけでなくもうひとつの主題である恋愛も、透明で非現実的な、ガラスのような「お伽噺」だからこそ、あれはあれで完成しているという印象を抱きました

僕も新海さんの作品は基本的に好きです。ロマンティストなので(笑)。まぁ、全般にキャラの線が細いことも確かでしょうけれど、その「弱さ」そのものが現代的、リアルなのだという見方も可能ですしね。
アニメの世界では、90年代の半ばくらいから顕著になった一つの流れとして、CGを駆使した世界構築が表層上極めてリアルな質感を伴うのに対し、キャラクター造型がデザイン面も含め良くも悪くも「浮世離れ」していく、という方向があったと思うのですよ。下で紹介した『スカイ・クロラ』なんかもそうですよね。戦闘機や建築物は実物そのもののように立体的なのに対し、人物たちは意識的に「コミック風」に描かれています。新海さんの作品にも概ねそうした印象は受けるのですが、それを「狙ってやっている」限りは問題はないし、それこそを「リアルなもの」として受け入れられる若い世代が多いことも確かなのでしょう。いつぞや竜仁さんが紹介してくれたノベルゲームなどもそうですね。僕から見ると、残念ながらあのゲーム世界のキャラクターは「生きた人間」には見えないのですが(笑)、一方で『エヴァンゲリオン』の屈折した人物群などは、僕より上の世代の人たちには理解し難いかもしれません。「世代」で壁が生じてしまう作品よりも、真那さんのおっしゃるように、「お伽話」として閉じて完成する作品の方が、より広く理解を得られ、寿命は長くなるかもしれませんね。


あ、お陰様で風邪は完治いたしました。ご心配おかけしてすみません(^^ゞ
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