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礎の島

ようやく観ました。何とか終戦記念日に間に合わせようと急いで書いたよ...

『硫黄島からの手紙』
20070816005252.jpg


『父親たちの星条旗』
20070816005348.jpg


さて、この二部大作を語る前に、『硫黄島の戦い』について少し触れなければいけませんね。

場所:小笠原諸島硫黄島
期間:1945年2月16日~3月26日
日本軍:守備隊20,933名のうち戦死者20,129名
米軍:上陸部隊含む総兵力約25万余、戦死者6821名、戦傷21,865名

太平洋戦争後期の島嶼戦闘において、米軍地上部隊の損害が日本軍の損害を上回った唯一の戦いと言われますが...
いずれにせよ恐るべき数字、人的犠牲の数ですよ。混迷の度合いを深めるイラクでも米軍は相当な被害を出し続けていますが、あちらと比較してもこの短期局地戦の凄まじさが知れようというもの。

当初アメリカ軍上層部は五日で陥落させる算段でいたようですが、パッケージ写真にもある要衝擂鉢山の制圧後も、日本軍は司令官栗林忠道中将(戦死後に大将)の卓越した指揮の下(海岸線に防衛ラインを設定せず、島中に蟻の巣のようなトンネルを張り巡らせ地下要塞を築き上げる)、本土爆撃を少しでも遅らせるため決死の抗戦を続けたのです。今もなお多くの遺骨が収集されずに眠る鎮魂の島...

語り出したらきりがないので映画に移りましょう。

最初、『硫黄島からの手紙』のみを観終えた直後の感想としては、
「イーストウッドにしては消化不良なような...」
「戦争映画としては少々ハンパでは?」
「製作にスピルバーグが入ってるから部分的にプライベート・ライアン風だよなぁ」
「もう少し<日本>を濃厚に描いても良かったのではないか」
「けっこうステレオタイプな部分もあるし...」
と正直思ったものです。
渡辺謙さんの栗林は熱演ですがやはりカッコ良過ぎるし、それは西竹一中佐(大佐、バロン西)の伊原剛志さんなども同様。そもそも、現代日本の俳優さん達を動員して、リアルな戦争映画を作ることには困難が付き纏う。これは役者の技量とかルックスとか資質の問題ではなく、もっと根源的な事情なんだね。評価の高かった『嵐』の二宮くんをはじめ、出演者の全てが好演なれど、どこかもう一つ『戦さの匂いが漂ってこない』気がして仕方ない。それほどに戦後日本は表向き平和だったし、直接戦争や軍事とは縁の無い生活を日本人は営んできたわけですな。

が、それから何本か別の戦争ドキュメント番組や記事を消化し、この作品の対となる「もう一作」を鑑賞した後で、ボクの評価は大きく変わっていったのです。

ここで『父親たちの星条旗』を語らねば。

↑の有名な写真(後にアーリントン墓地海兵隊記念碑のモデルともなった)は、擂鉢山頂上に到達した米兵の様子ですが、実はこれには少々トリックが潜んでいます(ネタバレになるので書きませんが)。戦闘は更に一ヶ月続き、旗を上げた六人のうち半数は戦死してしまう。

硫黄島陥落後も戦争の帰結は見えてこない。焦慮するアメリカ軍と政府は、世論高揚と新規の戦時国債獲得の広告塔として、生き残りの『旗の三人』、海兵隊員レイニー・ギャグノン、アイラ・ヘイズ、ジョン・ブラッドリー海軍衛生下士官を英雄に祭り上げ、国中を行脚させます。物語は、葬儀社を経営する老いたブラッドリーが倒れ、その息子であり原作者であるジェイムズが父親の真実を探る現代からの視点と、島での激闘、国債募集ツアーの三本の時間軸が絡み合いながら進行するという、緻密な脚本と演出によって綴られていく。

元より平凡な一般兵でしかない彼ら三人。ややお調子者のギャグノンは派手好みな婚約者も伴わせて人脈を広げようとし、一方でネイティヴ・アメリカンのヘイズはひとり苦悩を深めていく。自分は英雄なんかじゃない、ただの臆病者なのだ、と。しかも、しかもである。国家の英雄であるはずの彼は、ホテルの酒場から「インディアンお断り」と叩き出される差別社会に生きているのだ。

文字通り草の根を食い無謀な戦争を遂行している日本に比べ、アメリカ軍とアメリカ社会の余裕、豊かさはまさしく別世界、眩しいほどだが、次第にその矛盾と暗部が浮かび上がっていく。その過程で翻弄される『英雄たち』が痛々しい。イーストウッド監督はいつものように、主人公たちと一定の距離を保ちながら、彼らを追い詰めていく世界を淡々と、辛辣に描き込む。

そして...
再び『硫黄島からの手紙』を振り返るならば、幾つかの伏線が回収され、二つの作品は見事に補い合っていることが理解出来る。勝者の側の『捏造された英雄』と、敗者の側の『死せる英雄』...

戦争は英雄を必要とし、その血も名誉も吸い上げていく。

イーストウッド監督は主要キャストを日本人でまとめ、全編日本語という徹底さを貫きながらも、決して日本人の心情に深く入り込まず、戦争の意味や評価を問おうとはしていない。それを物足りない、肩透かしだったという意見もあるでしょうが、これはイーストウッド流の日本人、日本の戦争、日本の歴史に対する「敬意」の表明であると、ボクは最終的に解釈した。わからない問題については多くを語らない、が、彼らが見せた崇高な犠牲精神には心より敬意を抱く。抱くからこそ安直な理解も感情移入も避ける。それがこの作品の本質なのだ。仮に日本人俳優たちにこなれぬ点があったとしても、それはそれで一つの批評性、時代性を帯びるだろう。おそらく、監督はあまり細かい演技指導をつけず、アメリカ人の先入観を混入させずに、「日本人の思うまま」自然にやらせてくれたのではなかろうか。

この二作、二つで完全な一本としていたならば、ほぼ間違いなくアカデミー賞その他を席巻したと思います。が、それは同時に、通常の戦争映画の粋にとらわれることも意味したはず。

イーストウッドと彼のスタッフは、アメリカ側と日本側のそれぞれに「一方的な視点」を背負わせることで、戦争という断絶的なコミュニケーションの悲劇の深さを観客に見せつけることに成功したのです。その結果、受け手は凡庸な戦争映画を観るように「どちらかの陣営に肩入れ」して楽しんだり溜飲を下げたりすることは不可能となった。そんな我々もまた、もしも戦争の当事者という局面に立たされたなら、気楽な第三者的優位性を喪失し、「どちらか一方を選ばなくてはならない」はずである。あの時代に生まれていれば、我々もこの二部作品の片側の内部に「一方的」に収められていたことだろう。例えどんなに見苦しくても、戦さの匂いを漂わせていなくても!

うーむ、まだ書き足りないけど、とりあえずこのへんにしておこう(笑)

最後に、なぜこのレビューのタイトルを「礎の島」としたかと言うと...

1985年以降、硫黄島では日米合同の慰霊祭が行われています。敵味方だった国同士が合同で慰霊式典を実施するのは、世界でもこの島だけらしい。日米両国は言わば、究極の殺し合いをすることで互いを理解し合った面があるんだよね。よく、結果論的に日本の戦争をただ蔑む人があるけれど、圧倒的な劣勢下で死力を尽くして戦った人々に、戦後の日本人は守られた、いや、今も守られているのだということを忘れてはならないと思う。
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